断腸の思いの由来は悲しくもちょっと不可解な話

言葉の由来をたどっていくと
いろいろなお話が見つかるものです。


前回の記事で紹介した
「断腸の思い」という慣用句ですが、

これは、とても昔の、
悲しいお話がもとになっている一方で、
冷静に考えると、よくわからないこともあります。


まあ、こういう
「よくわからないこと」があるのが
昔話のおもしろいところでもありますけどね。


今回は、この慣用句の由来についてです。

なお、断腸の思いの意味については
断腸の思いの意味、極端なたとえの慣用句は使い方がむつかしい!
こちらの記事で述べていますので、ご覧くださいませ。

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こんなお話がもとです


日本のことわざや慣用句は
中国の故事がもとになっているものが
とても多いのですが、

「断腸の思い」も
世説新語(せせつしんご)という
中国の書物にあるお話が由来です。

内容はつぎのもの。


晋(しん)の武将、桓温(かんおん)が
敵国を攻めようと船に乗ったとき。

彼の部下が猿の子供をつかまえて、船に乗せてきました。

すると、母猿がとても悲しい声をあげながら
どこまでも追いかけて、ついてきます。

そして、長いあいだ追ってきたあと
母猿は船に飛び乗ってきましたが、
そのまま苦しんで死んでしまいました。

なぜ死んでしまったのか、
しらべてみると母猿のお腹の中で、
腸がひきさかれたようにちぎれていたのです。


だいたいこのような意味のお話です。


わが子を想う母親の気持ちは
人も動物も同じ、


悲しさのあまり腸がひきさかれてしまった
かわいそうな猿のお話が、
「断腸の思い」という慣用句の由来なんですね。



この猿の悲しみは、千年以上の時をこえて
わたしたちに伝わっていることになっており、

したがって、こんなことをいうのは
ちょっと水をさすようなのですが
この話、ちょっとおかしなところがありますよね。

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なんで子猿をつれてくる必要があったのか


まあ、古いお話や伝説に
いちいちつっこみを入れるのは
ヤボというものではあるのですが、

同じような疑問をもつ人も多いでしょうし、
あえてのべますと、
「なぜ子猿をつれてきたのか」
これについて、このお話では説明がされていません。

彼らは戦いに行くところだったので
子猿を連れていく理由なんてないはず。


とくに理由がないのに
母猿からひきはなしたのだったら
これはゆるせんよ!

と思っていたのですが、
これはこの話に出てきた桓温も
そう思ったようで、

彼は、母猿から、子猿をひきはなした
この部下をクビにしています。


おかげで断腸の思い、という慣用句の
由来ができたわけではありますが、
ダメなものはダメです。


まあ、この時代は戦いが続いていて
人々の心もすさんでいたのかもしれませんし、
こんなひどいことをする人もいたのかもしれません。


しかし、次の疑問は
さらに説明がつけにくいでしょう。


いくら悲しいといっても


断腸の思いの由来は、
悲しさのあまり腸が切れてしまった
ことからきていますが、

いくらなんでも、
悲しいだけで、そんなことになるのか?

という疑問です。


これについては、

・もともとこの猿は、腸を怪我していた
・調べるときに、あやまって傷つけてしまった


など、こじつけて考えることも
できなくはないですが、
しかしこれでは断腸の思いの由来として
話が違ってきてしまいます。

なので、これについては、
世説新語は小説集なので、
この話もじっさいにあったわけでなく、
架空のお話、と考えるのが自然なのでしょう。



中国の故事は、実話をもとにしている、
とされるものも多いのですが、
断腸の思いの由来に関しては、
実話と考えるのは、ちょっとムリがありそうです。


できるだけ楽しい気分でいたいもの


現実には、悲しいだけで、
腸がちぎれることはないでしょうけれど、
ストレスで胃に穴があくことはあります。

なので、つらい気持ちをかかえすぎるのは
体に悪いことなのは間違いありません。



人生にはいろいろありますし、
悲しいこと、つらいことを完全にさけるのは
無理でしょうけど、
なるべく明るい気持ちで、日々過ごしたいものですね。

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