河童の川流れの意味と使い方、実は誤用されることも?

特集記事!大丈夫?⇒誤用しやすいことわざや慣用句

とっても分かりやすく
使える場面も多く、
しかしあまり使わないことわざ。

河童の川流れ(かっぱのかわながれ)


あまり使いはしないものの、
情景がちょっと変わっているので
たまに使うと面白いかもしれません。


まあよく考えると、気の毒なことわざです。
でもせっかくなので、知っておいて、
どこかで使ってみたいものです。

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このことわざの意味


河童の川流れ(かっぱのかわながれ)とは
どんなに上手な人でも、たまには失敗することがある、という意味です。



河童(かっぱ)とは川や沼に住んでいる、想像上の生き物で、
たいてい全身緑色で、頭の上に皿がのっている姿に描かれていますね。

そういった場所に住んでいるだけあって、
とても泳ぎがじょうずなのですが、
そのカッパがおぼれて川に流される、つまり失敗しちゃうということです。


「あんなに足の速いアイツが、レースで転んで負けてしまった。
河童の川流れというけど、これがまさにそうだ」


というように、何かが得意な人が
そのことで失敗したときに使います。


それで、このことわざの意味はかんたんですが、
問題はどうやって使うかです。

まあべつに無理につかう必要もないのですが
せっかく知ったからには使いたいのが人情というものです。


意外と使いにくい?


この河童の川流れ、意味も分かりやすいですし、

「たとえ上手でも、ゆだんは禁物」

という教訓もふくまれている
たいへんすばらしいことわざなのですが、
それにしては使っている人をあまり見ません。

なんでだろ? と考えてみたら、理由はすぐに分かりました。


河童にたとえちゃってる

カッパというのは、
アニメのキャラクターのような
愛くるしい姿で描かれることもありますが、
本来はなんといっても妖怪。

それも水辺や水中にひそんでいて、
人や動物の足をひっぱっておぼれさせるという
とんでもないヤツです。

そのカッパがおぼれて流されていくわけですから、
なんだか悪役が最後にやられるような
「ざまあみなさい。ふだん悪いことしているから、そんな目にあうんですよ」
という雰囲気になりやすい。


もちろん河童の川流れということわざに
そんな意味はありませんが、
だからといって、たとえばエライ先生が
字を書くのを間違えたりしたとき

「河童の川流れですね」
と言えるかというと、なかなか言えないですよね。

「弘法にも筆の誤りですね」と言うのが普通でしょう。

いやそれより、何も言わないかも。
触らぬ神に祟りなしと言いますし、
失敗してキゲンが悪いかもしれない先生に
ヘタに話しかけて、目つけられたらいやですもの。


ほかにもっと使いやすいことわざがある

弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
猿も木から落ちる(さるもきからおちる)

このふたつが同じ意味で
より使いやすく、有名なことわざです。



くわしくはそれぞれのことわざの記事を
ごらんいただければと思いますが
弘法は立派なお坊さんなので、目上の人にも使いやすいです。

いっぽうの猿も木から落ちるは、
河童の川流れ以上に分かりやすく
猿にたとえているので相手を選びますが
子供に使うならこっちが便利ですね。



河童の川流れもじゅうぶん分かりやすく
べつにこっちを使ったっていいのですが
なにしろ二つの超メジャーなことわざに、がっちり囲まれているので、

「なんでわざわざ『河童の川流れ』なんて言ったんだろう?」
と思われそうです。


実力はあるのにおなじポジションに超一流選手がいるため
レギュラーを取れない気の毒な選手みたいですね。
そのうち活躍の場をもとめてどっか行ってしまいそう。


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こんな使い方は誤用


このことわざ、ついつい忘れられるためか
いつの間にか、まるで違う使い方をされることがあります。

それが
「河童が川を流れるように上手に泳いでいる」
という意味での使い方。

「先生の踊りは見事で河童の川流れのようです!」

こんな使い方をしてしまうと
「私なにか失敗した? 河童?」
へたをすればケンカを売っていると受け取られかねない、たいへん失礼なことです。


言葉の雰囲気だけを見れば
こういった意味に考えてしまうかもしれませんが、
こんな誤用は危険です。
阪神タイガースでレギュラーがとれないから読売ジャイアンツに移籍するぐらい危険かもしれません。
阪神ファンから大ブーイングを浴びる可能性があります。

いくら活躍の場がないからといって
そんなところに行ってはいけませんね。
ついでに「阪神でレギュラー取れないから巨人に来るなんて巨人をバカにしてる!」
と巨人ファンからもブーイングを浴びそうです。


使うなら、こういった場面


ということで
この河童の川流れということわざの
正しい意味で使えそうな場面を考えてみました。


河童を愛らしいものとして考える

さっきはカッパのことを妖怪だなんていいましたが、
かわいらしく描かれることもあります。
川辺にあるポスターとか看板で見かけますね。

この場合、悪いことはするけれど
それはあくまでイタズラていど、という性格になることが多いです。


これだと「わんぱくこぞう」のように
多少イタズラもするけど、
元気があってよろしい、という意味になり、そこまで悪い印象ではなくなります。


「あいつは泳ぐのがカッパのようにうまい」
と言えば、水泳選手のような洗練されていはいないけど、
野性的で元気に泳ぐイメージになりますしね。


猿も木から落ちるの「猿」は
「頭が悪い」というニュアンスがありますし、
弘法にも筆の誤りは無難に使えるものの、
なんだかよそよそしくもあります。

なので親しい友達などには
河童の川流れというのもいいかもしれませんね。


ちょっと変化をつけるため

あんまり有名なことわざというのは
ちょっと聞きあきているところがあるんですよね。


急がば回れ(いそがばまわれ)とかもそうですが、
猿も木から落ちるも、みんな知っているだけに
「何をいまさら」
ということになりやすいです。

その点、河童の川流れは、みんな知っているわりに
あまり聞きなれないことわざなので、ちょっと新鮮です。


意味も簡単なので
「は? なにいってんのあなた」
となりにくいですしね。


まとめ


ということで、
河童の川流れ(かっぱのかわながれ)は
上手な人が失敗することという意味で、

猿も木から落ちるなどのことわざの影にかくれる
地味な存在ですが、たまにふっと使うと面白いと思います。


そもそも河童(かっぱ)なんて言葉自体
なかなか使わないですから、
子供のころとか思い出すかもしれませんし、
うまく使えば、失敗して気まずい雰囲気がなごむかもしれません。


まあじっさいの使いどころは
やはりちょっと難しいかもしれませが、
それだけに、ここぞというところで言ってみたいことわざです。


類語は、さっきからさんざん言っている
猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)

ほかには
上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる)
千慮の一失(せんりょのいっしつ)
釈迦にも経の読み違い(しゃかにもきょうのよみちがい)
孔子の倒れ(くじのたおれ)
竜馬の躓き(りゅうめのつまづき)
麒麟の躓き(きりんのつまづき)

というものもあります。

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