釈迦に説法(しゃかにせっぽう)の類語はこんなにあります!

その道にとてもくわしい人に
ものを教えてしまうという、
おまぬけなことを、あらわすのが

釈迦に説法


このことわざの意味や使い方については
以前の記事でのべました。
くわしくはこちら


今回は、この釈迦に説法の類語が、
なんというか、極端なたとえばかりで
ちょっと面白かったので、まとめてみました。


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孔子に悟道(こうしにごどう)


孔子とは、むかしの中国のえらい思想家で、
悟道とは、ものごとの道理のことです。

つまりとても賢くてものごとを知っている人に
道理をおしえるということで、
釈迦に説法とまったく同じ意味になります。


釈迦も孔子も、2500年ぐらい前の人なので
ものを教えるどころか、
会うことすら不可能なんですが

まあ、たとえですからね、
これくらい極端なほうが分かりやすいのでしょう。

孔子に論語(こうしにろんご)、ともいいます。


猿に木登り(さるにきのぼり)


サルといえば
猿も木から落ちる

落ちることがあるとはいえ、
それがことわざになるくらい上手なお猿さんに
木登りを教える
ということで
一応、釈迦に説法の類語ということになります。

おしゃかさまとおさるさんでは
雰囲気がかなり違いますが、
意味はたしかにおなじですね。


河童に水練(かっぱにすいれん)


カッパといえば、河童の川流れ。

流れることがあるとはいえ、
それがことわざになるくらい上手な河童に
泳ぎ方を教える
ということです。

カッパは伝説上の動物で
実際にはいない生き物とされているので
本当に教えることが不可能なのは
釈迦や孔子とおなじですね。

こうなると、
弘法にも筆の誤り
弘法大師にものを教えるたとえも欲しくなりますが
そういったことわざはないようです。

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極楽の入り口で念仏を売る(ごくらくのいりぐちでねんぶつをうる)


これは一瞬なんのことかよく分かりませんが
光景を想像すると、じわじわと面白くなってくるので、
わりと好きなことわざです。
極楽の入り口って、どんなところ?

意味としては、
念仏は極楽に行くために唱えるもの、
それを、すでに極楽の入り口まで
来ている人に売る(教える)、


これはつまり大学に合格した人に
受験勉強の参考書を売るようなもので
まったく意味がない、ということです。


いつの世も教えたがりは多い?


これだけ釈迦に説法の類語があるのは、
やはりそれだけこの過ちを
おかしてしまう人が多いということなんでしょう。


英語でもこれだけの言い回しがあります。
釈迦に説法は英語だとこんな言い方に

ちょっと詳しくなったことを
意気揚々と人に教えるのは
教えるのが好きな人にとって
甘美なまでの魅力があるのかもしれませんが、

自分の言いたいことを言うばかりでなく
相手の力量も見極める必要がありますね。
教えるということも、なかなか大変です。

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