泣いて馬謖を斬るの意味と使い方、こんなつらい話がもとです
これは三国志を読んだ人なら
かなり印象に残るものです。
泣いて馬謖を斬る
名シーンですが、悲劇的な話なので、
ちょっとしんどくもありますね。
まあ「泣いて」とあるから
そのへんは察しがつくのですが、
ではどんな意味で、どんな話なのか、
また、現代ではどのような
使い方をされるのかについてです。
意味について
泣いて馬謖を斬るとは、
自分が可愛がっていたり、仲がいい人物を
あえて処罰することです。
これだけではなんのこっちゃですね、
意味が分かりません。
なんでそんなことをするのか?
たとえば、
仕事で大きなミスをした人がいて、
それでみんなが大迷惑をした場合。
もしそれが大事な部下だった場合、
かばいたくなるものですが、
ここはしっかりと公平に処罰しないと、
「えこひいきしている!」
と、他の人たちが不満に感じで、
今後の仕事に悪影響がでることがあります。
そんなとき、
たとえ自分の大事な部下でも
仕事をやめさせるなど、
きびしい態度で望まなければいけません。
そうすることによって、他の人は
「みんな公平に評価されている
自分はしっかりがんばろう」
と思うわけですね。
しかし、いくら必要なこととはいえ、
ふだん自分が大事にしている人を
処罰するのは、やはりつらいもの。
そのツラさに耐えながら、あえて実行するのが
「泣いて馬謖を斬る」の意味になります。
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三国志のこの話が由来
それで、この「泣いて馬謖を斬る」ですが
三国志のつぎの話がもとです。
三国志は昔の中国が舞台の話ですが
諸葛亮(しょかつりょう)という
めちゃくちゃ優秀な人物が出てきます。
彼は作戦を立てるのが
とてもうまく、戦いに勝利していきます。
まあくわしくは三国志を読んで
いただければと思いますが、
とにかく彼は予言者のごとく
敵の行動をいいあてて作戦をだすので
味方はその通りに行動すれば
それで勝てるという具合です。
それであるとき、諸葛亮が戦いのまえに
例によって作戦をたてたのですが
かれの部下の馬謖(ばしょく)という人物が
「この作戦はおかしい、
オレの考えのほうが正しい」
と言って、よせばいいのに
諸葛亮の命令とはちがう行動をします。
それで、まけます。
言う通りにすれば勝てたでしょうにね。
それも、馬謖の軍だけでなく
ほかの味方にも大きな被害をだして
諸葛亮は撤退をよぎなくされます。
まあ、三国志は諸葛亮もすごいですが
敵もつよいですからね、
ちょっと失敗すると、とことんやられます。
それで、全軍敗退の原因をつくった
馬謖は処罰されるのですが
じつは、この馬謖はもともと優秀で、
諸葛亮はとても大事にしてた人物です。
なので、できれば
許してあげたいところですが
命令をきかなくて、しかも負けた人物を
おとがめなしにすると
ほかの人物も
「命令をきかなくても別にいいんだな」
と思ってしまい、諸葛亮の作戦を
きかなくなってしまいます。
これでは今後の戦いにも
勝てなくなるので、規律を守る意味から
諸葛亮は泣く泣く馬謖を
罰することにします。
これが、「泣いて馬謖を斬る」の
意味の由来です。
現代での使い方は
この言葉は
今でも使うことがありますが
現代での使い方は最初にのべたような
仕事で失敗した人物を
本当はゆるしてあげたいけど
やむなく罰するという意味、
また、スポーツで
監督が大事にしている選手を
たとえば遅刻が多いなどの理由で
あえて試合にださない
といった場合も泣いて馬謖を斬る
ということがあります。
賛否両論ありそうな話ですが
規律を守るために、
あえてこういうことを
しなければいけない時もある
ということですね。
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