痛恨の極みや痛恨のミスの意味、こんな言葉をつかうのはなぜ?

特集記事!あなたは大丈夫?誤用しやすいことわざや慣用句

これは、できれば使わずに過ごしたい言葉ですね。

痛恨の極み(つうこんのきわみ)
痛恨のミス(つうこんのミス)



しかし、いざそういう状況になれば、
思わず口から出てしまう言葉でもあります。


それはどういう状況で、痛恨とはどういう意味なのか?
これについてです。

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こういう意味です


痛恨(つうこん)とは、
とても悔やんで(くやんで)残念に思う、
ということで、
極み(きわみ)は、
これ以上ないくらい、という意味になります。



したがって、
痛恨の極み(つうこんのきわみ)は、
これ以上ないくらい悔やむ、残念に思う、
痛恨のミス(つうこんのミス)は、
これ以上ないくらい悔やまれるミス、

ということですね。


どういった状況で使うかというと、
それはやはり、何かよくない事態になったときです。

「社運をかけた取引が今日あるのに、
担当の人がインフルエンザで動けなくなってしまった…。
痛恨の極み、どうしよう」


あと、大きな失敗をしたときにも使います。
「材料がなくなっていて、期限に間に合わない!
先週のうちに仕入れておかなかったのは痛恨のミスだ」

などですね。


仕事の例えばかりですって?
だって、普段こんな言葉つかわないじゃないですか。痛恨(つうこん)なんて。
なので実際につかうのは必然的に仕事の状況が多くなるんです。

まあ多いといっても、
しょっちゅうこの言葉を使っているようでは、
あなた仕事大丈夫なの? という話ですけどね。


もちろん仕事以外の使い方もあります。

「試験の日に電車が遅れて間に合わない。痛恨の出来事だ」
とか
「大事なデートの待ち合わせの場所を間違えた、痛恨のミス!」

あとよく聞く例としては
「試合でここぞという場面で痛恨のエラーをしてしまった」
といったものですね。
たいていそのまま負けてしまいます。


まあこういう言葉の使用例をあんまり考えていると、
なんだかよっぽど運が悪く、
失敗ばかりの人生みないな気分になってくるので
このくらいにしておきますが、

いずれの場合も
「ありゃ失敗した、まあいっか、アハウフー」
みたいな軽い場面でなく、

「なんてことだ、うぐぐぐぐぅ…」と、
思わずその場にうずくまってしまうぐらい大変なときに、
「…………痛恨の極み」

という使い方が、この言葉の意味にあっているでしょう。


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なんでこんな言葉つかうの?


「とっても残念」
「大きなミスをした」

これで意味は通じるじゃないですか。
痛恨なんて、あまりなじみのない言葉使わなくても。

それをなんで、わざわざ
「痛恨の極みでござる」みたいな、
もって回った言い方をするのか?

それは
「残念」ぐらいの言葉では表現しきれないときに
うまく意味、というか感情を説明できるからだと思います。



「わたし昨日、駅で手をスベらせて、
ケータイ落として修理代2万円、キー」
こんなことを言われたとします。

まあこんなこと言われても、って話じゃないですか。
どうしようもないわけですし。
でもたいてい、こういうことって誰かに話すものです。
私だってもし落としたら言いまくると思います。


それで、こういう時、
「ケータイ落として修理代2万円」
「それは残念だね」

これじゃいかにも愛想がないというか、
冷たいというか、バカにしている感じすら出てしまいます。


それが
「ケータイ落として修理代2万円」
「それは痛恨の極みだね」
ほら、なんとなく同情して、
ちゃんと相手の話を聞いてあげている雰囲気になります。

「痛恨」という言葉を使うと
たんに「残念」「くやしい」と言うよりも
言葉の意味に重みがでてきます。


まあ上の例ぐらいだと
「それは残念なことになってしまったなあ。
ケータイって直すの高いからね。
私も気をつけてスベにくいケースもつけようかな」

ぐらい言えば、痛恨の極みとか言わなくても
大丈夫でしょうけれども、

これが仕事先の高価なパソコンを落として
重要なデータが全部パーになった場合、
しかも落としたのが自分だったとすると

「これは残念なことになってしまいました、すみません。
パソコンって直すの高いから、次からスベりにくいケースをつけます」
ぐらいじゃ、許してくれそうもないです。


こういうときは、やはり
「大事なパソコンと情報を失ってしまって、申し訳ありません。
このようなミスを犯してしまい、痛恨の極みです。
次回からはスベにくいケースをつけるなどの対処をいたします」

くらいは言う必要があるでしょう。

そういった場合も
「残念」より「痛恨」のほうがふさわしいですね。


遺憾(いかん)との違い


一見すると意味が似ているように思える言葉に
遺憾(いかん)というものがあります。

よく政治家の人が
「〇〇国の行動は、まことに遺憾に思います」
みたいに使っていますね。


たしかに「痛恨」と「遺憾」は
どちらも「残念に思う」という意味があって、

辞書を引くだけだと似ているように思えますが、
実際には違う使い方をされています。



「痛恨」は、今までのべてきたとおり
やったのが誰であろうと、
とにかく残念で、くやしい、困った、
という意味での使い方をされますが、


「遺憾」は、一般に、
自分以外の誰かがやったことに対して
「残念」という使い方をされることが多いです。

(そして大抵の場合、その「誰か」を責めている意味合いがあります)


「彼が現金を持ち逃げしたことは、たいへん遺憾に思う」といえば、
「彼の行動を残念に思う(あいつカネぬすみやがって、コンチキショウ!)」
ということですね。


ただしこれはあくまで、
「そういった使われ方をすることが多い」
ということで、「遺憾」という言葉そのものに
誰かを責める意味があるわけではないです。


なので自分の行動にたいして、たとえば
「まことに遺憾ですが、仕事を辞めさせていただきます」
という言い方も間違いではないでしょう。

しかし実際には誰か他の人に対する使い方をされることが多いので、気をつける必要はあります。


「パソコンを落としてしまい、痛恨の極み」と言えば、
「そんなに失敗を悔やんでいるのか、しょうがないな」
となるかもしれませんが、

「パソコンを落としてしまい、遺憾に思います」だと
「なんで他の人が落としたみたいに言っているんだよ!」
と思われてしまうかもしれません。


まとめ


ということで、

・痛恨の極み(つうこんのきわみ)とは、とても残念で、悔やまれるという意味
・痛恨のミス(つうこんのミス)とは、残念で悔やまれるミス
・たんに「残念」というよりも、意味に重みがある
・「遺憾」のように誰かを責め立てる使い方はあまりされない

となります。


実際にこれらの言葉を使うことは
あんまりないと思いますし(あっても困りますが)、
耳にすることは、ちょくちょくあると思います。

そして、その場合、この言葉の意味から考えると、
「ツーコンってなんでちゅか?」
みたいにのほほんと聞ける状況でないことが多いでしょうから、
あらかじめ知っておくといいでしょう。

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